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garudajkt’s diary

ジャカルタでアンティークコイン収集

久しぶりにコイン商へ行く

仕事の合間を縫って、2週間ぶりにITCクニンガンへ行く。お目当ては店舗型コイン商「ESENTA B.C.」。

 

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 店舗に向かって、右側の陳列ケースには紙幣、左側にはコインが並べられている。そして、4畳半ほどの広さの店舗の床には大量の古銭が置かれている。古銭の中心は「オランダ領東インド」のコイン。売値は5000ルピア(約45円)から20000ルピア(約180円)が中心。安い!。じっくり探せば、状態がよいコインもみつかるはず。今度ゆっくりと時間をかけて、掘り出し物をさがしてみようかと考えている。

 

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 コインカプセルなどの収集グッズも扱っているので、コレクターにとっては貴重な店舗型コイン商である。

 

ウィレム2世 1グルデン銀貨

 ウィレム2世がオランダ王国の国王になったのは1840年10月7日。その約3か月前の6月28日には、大英帝国と清との間で「アヘン戦争」が始まっていた。 その後、「アヘン戦争」で大英帝国に負けた清の惨状を知ったウィレム2世は、1844年、江戸幕府に開国を勧告する。しかし、幕府はその勧告を拒否し、鎖国を続けたという経緯がある。

 このように日本との関係性があった国王だが、1849年3月17日、満56歳で死去。その地位を息子のウィレム3世に譲ることになる。  

 

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 1847年発行のウィレム2世 1グルデン銀貨。それにしても首の長い王様である。顔よりも首の方につい視線が行ってしまうのは私だけ?

これって、お宝

以前、聖地「パサールバル」で購入した「オランダ1グルデン銀貨(1762年)」。5月9日付けのブログで写真を掲載したら、コイン仲間Kから連絡が来た。

 

「そのコイン、いくらで買ったの?」

650000ルピア、日本円にして6000円ぐらいだよ。」

「それ、もしかしたらお宝かもしれないよ。」

「え!? 本当?」

1762年銘のそのコインは、2000枚しか発行されてないんだから。鑑定に出してみた  

 ら?」

 

今まで19~20世紀のコインをメインの収集対象としていたので、18世紀のコインに関する文献は何にも持ちあわせていない。よって、このコインの発行枚数はもちろん、どのくらいの価値があるものなのか全く見当がつかない(そんなコインを6000円も出して入手するのも変だが・・・)。確かに1762年発行で、発行枚数2000枚だったら、現存しているコインは少ないはずだ。

 

トーンで少し黒みがかってはいるが、文字や女神像などの図柄ははっきりと読み取れるのでグレードはそんなに悪いものとは思えない。極美とまでいかなくても美品クラスのコインだと思うが・・・。とりあえず友人のアドバイスに従って、鑑定に出してみようかな。

VOCマークコイン

オランダ東インド会社(正式にはオランダ語で、Vereenigde Oostindische Compagnie、略称VOC)は、1602年3月20日にオランダで設立された組織で、世界初の株式会社と言われている。会社といっても商業活動のみではなく、植民地経営権など諸々の特権を与えられていた。本社はアムステルダムに置かれ、長崎の出島に置かれたオランダ商館はその支店と位置付けられたていた。アジアとの交易で、莫大な利益をもたらしたが、1799年12月31日をもって解散した。

 

 1799年までに発行された「オランダ領東インド」のコインには、VOCのマークが刻まれている(実際には1800年代に入っても、VOCマーク入りのコインは発行されている)。ナチスドイツの「ハーケンクロイツ」と同様、帝国主義の象徴のマークなので少々敬遠していたところもあったが、「コインは手のひらサイズの世界遺産」というキャッチフレーズがあるのを聞き、負の世界遺産として収集してみるのも悪くないと思い始めた。

 

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このVOCマークコイン、比較的入手しやすのは銅貨だ。ただ銅貨は銀貨に比べて劣化しやすいのか、状態がよいのが少ない。先だって紹介したコイン商「ESENTA.B.C. 」は、大量のVOCコインを扱っていたので状態がよいのを根気よく探してみようと思う。

果報は寝て待とう

ウィルヘルミナ女王は、1890年にわずか10歳でオランダ国の王に即位して以来、1948年に退位するまで、実に58年間の長きに渡り女王の座についていた。コインに描かれた肖像も、年齢とともに様変わりしていき、最終的に4種類の肖像で発行された。

 

1グルデン銀貨を例にとると、

18921897年 幼少胸像(girl head

18981909年 若年胸像(young head

19101917年 成年胸像(mature head

19221945年 老年胸像(old head

 の4種類の肖像のコインが鋳造されている。

 

 当然コレクターとしては、すべての肖像のコインを収集したいと思っているが、「成年胸像」だけが入手できていない。実は、パサールバルの店舗型のコイン商で、「成年胸像」のコインを見つけたのだが、表面に磨いた形跡があったので、買うのを控えたことがあった。しかし、やっぱり気になって、2週間後に再訪したら、すでに誰かの手に渡ってしまっていた。

 

 コインとの出会いはまさに一期一会である。出会えるチャンスは少ないので、基本的にはゲットすべきだったのかもしれないが、少しでも状態のよいコインを手に入れたいと思うのも、コレクターの心理でもある。「果報は寝て待て」と言うではないか。新たなチャンスが到来するのを気長に待とうと思う。

 

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 左から、「girl head」「young head」「old head」の1グルデン銀貨。「mature head」を入手して、完集させたい。

1グルデン銀貨ー当時の価値

文献によると、長崎の出島でオランダ商館が活動していたのは、1641年から1859年までの200年余りだ。「カピタン」と呼ばれた商館長以下、10数名のオランダ人が遠い異国の地で不自由な生活していた。

 

1818年に定められた俸給によれば、「カピタン」は、年棒18000グルデン。現在の価値に換算して、1.8億円余りもらっていたらしい。当時、「カピタン」を2年勤めると、帰国後その資産で生活できたそうだ。

 

ちなみに、オランダ商館で日雇い労働していた日本人の賃金は1日銀2.3匁だったそうだ。1グルデンは日本の銀5.25.6匁に相当するので、年間300日働いたとしても年棒130グルデンにしかならない。「カピタン」との年棒の差は130倍以上にもなり、すさまじい格差社会だったことがわかる。

 

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 この銀貨、私がジャカルタで入手した銀貨としては一番古い発行年度(1762年)の1グルデン銀貨だ。もし、この銀貨で俸給をもらうとすれば、当時の日本人日雇い労働者は、3日働いて、やっとこの銀貨を1枚もらえた計算になる。

1943年発行ウィルヘルミナ女王1G銀貨

いつかは手に入れたいと思っていた1943年発行の「ウィルヘルミナ女王1グルデン銀貨」を入手した。これは、オランダ国内用ではなく(そもそも当時のオランダはナチスドイツに占領されていた)、植民地、つまり「オランダ領東インド」で使うために発行されたものである。ミントマークは左に「ヤシの木」、右に「D」、アメリアのデンバーで鋳造された銀貨である。

 

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状態がいいのが2枚あったので、2枚あわせて150000ルピア(日本で約1250円)で購入した。このコイン、重量10グラム。銀品位72%なので、銀地金の価値だけでも2枚で約1000円の価値があるので、安く購入できたのではなかと思っている。

 

ちなみにこれを購入したのは、東ジャカルタの、とあるコイン商。今回初めてこの店を訪ねたのだが、私のメインの収集分野のコインを多く扱っているので、しばらく通い詰めようかな思っている。