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garudajkt’s diary

ジャカルタでアンティークコイン収集

久しぶりにコイン商へ行く

仕事の合間を縫って、2週間ぶりにITCクニンガンへ行く。お目当ては店舗型コイン商「ESENTA B.C.」。 店舗に向かって、右側の陳列ケースには紙幣、左側にはコインが並べられている。そして、4畳半ほどの広さの店舗の床には大量の古銭が置かれている。古銭の…

ウィレム2世 1グルデン銀貨

ウィレム2世がオランダ王国の国王になったのは1840年10月7日。その約3か月前の6月28日には、大英帝国と清との間で「アヘン戦争」が始まっていた。 その後、「アヘン戦争」で大英帝国に負けた清の惨状を知ったウィレム2世は、1844年、江戸幕…

これって、お宝

以前、聖地「パサールバル」で購入した「オランダ1グルデン銀貨(1762年)」。5月9日付けのブログで写真を掲載したら、コイン仲間Kから連絡が来た。 「そのコイン、いくらで買ったの?」 「650000ルピア、日本円にして6000円ぐらいだよ。」 「それ、もし…

VOCマークコイン

オランダ東インド会社(正式にはオランダ語で、Vereenigde Oostindische Compagnie、略称VOC)は、1602年3月20日にオランダで設立された組織で、世界初の株式会社と言われている。会社といっても商業活動のみではなく、植民地経営権など諸々の特権を与え…

果報は寝て待とう

ウィルヘルミナ女王は、1890年にわずか10歳でオランダ国の王に即位して以来、1948年に退位するまで、実に58年間の長きに渡り女王の座についていた。コインに描かれた肖像も、年齢とともに様変わりしていき、最終的に4種類の肖像で発行された。 1グルデ…

1グルデン銀貨ー当時の価値

文献によると、長崎の出島でオランダ商館が活動していたのは、1641年から1859年までの200年余りだ。「カピタン」と呼ばれた商館長以下、10数名のオランダ人が遠い異国の地で不自由な生活していた。 1818年に定められた俸給によれば、「カピタン」は、年棒180…

1943年発行ウィルヘルミナ女王1G銀貨

いつかは手に入れたいと思っていた1943年発行の「ウィルヘルミナ女王1グルデン銀貨」を入手した。これは、オランダ国内用ではなく(そもそも当時のオランダはナチスドイツに占領されていた)、植民地、つまり「オランダ領東インド」で使うために発行された…

トーン

ジャカルタは熱帯に属しているため、一年中気温が高く、湿度も高い。コインにとっては過酷な環境といえる。とりわけ、店舗を構えるコイン商ではなく露天で売られているコインは、高温多湿の洗礼をまともにくらってしまう。実際見るも無残な状態になってしま…

インドネシアの銀貨ーその2

またまたインドネシアの銀貨を購入した。今回入手したのは、1974年発行世界野生動物保護第一次シリーズ2000ルピア「ジャワタイガー」。前回購入した「オランウータン」銀貨より、ひとまわり小さいが、直径38.6ミリもある銀貨である。 試しに、オランダ2.5グ…

コインテラピー

ジャカルタに住んで一番ストレスを感じるのは、仕事でもなく、対人関係でもなく、車の運転である。 この国で免許を取得し、自分で運転し始めて10年近く経つが、渋滞は年々悪化している。自宅からオフィスまで、距離にして6キロ程度だが、30分で着けばラ…

新規開拓

聖地パサールバル以外で、アンティークコインを入手できるところがある。 ITCクニンガンの2階『ESENTA BANKNOTES COLLECTIONS』 ウェブサイトは http://www.esentabc.com/ 店舗型の貨幣商。紙幣が中心だが、コインも扱っている。たまに掘り出し物がある。ウ…

貨幣の露天商

ジャカルタコイン収集の聖地「パサールバル」の貨幣の露天商を紹介する動画がYouTubeにアップされていた。 https://www.youtube.com/watch?v=SOjW3LvHL8A この中で取材を受けている露天商の親父からは、私も何度か購入したことがある。でも、店舗を持たない…

ガルーダ戦士流ーアンティークコインの定義

モダンコインとアンティークコインを分ける定義は諸説があるようだが、私は勝手に1945年をその境と考えている。1945年より前に発行されたものがアンティークコイン、1946年以降がモダンコインという具合だ。 1945年は、日本人にとっては太平…

銀に思いをはせる

オランダの2.5グルデン銀貨は直径38ミリ、重量25グラム。銀品位が94.5%の堂々たる大型銀貨だ。1918年以降発行分から品位が72%に落ちたが、それでも重量が25グラムあるから、25×0.72=18、つまり18グラムの銀を含む。銀地金が現在1グラ…

ミントマークに注目する

オランダ領東インド「4分の1グルデン銀貨」(1941年)を入手した。 家に帰って、コインをよく観察してみると、ミントマークが「P」であることが判明。オランダのコインなのに何故アメリカのフィラデルフィア(P)で造幣されたのか・・・? 歴史をひも解いて…

聖地探訪

昨日19日は、ジャカルタ州知事選挙の決選投票日で、仕事が休みだった。二週間ぶりに聖地パサールバルに繰り出した。今月2回目の聖地探訪。 このゲートが聖地への入り口。早速中に入り、なじみの貨幣の露天商を冷やかしながら、掘り出し物を探す。最近はま…

オランダ領東インドのコイン

ジャカルタは、オランダの植民地として、オランダに統治されていた。いわゆる「オランダ領東インド」である。ジャカルタの当時の名称は「バタヴィア」。 せっかくジャカルタに住んでいるのだから、この「オランダ領東インド」のコインを収集の対象にしようと…

衝動買い

インドネシアの銀貨を衝動買いしてしまった。 聖地パサールバルの馴染みの貨幣商の親父と他愛もない世間話をしていたら、いきなり親父がMau Koin Perak Indonesia?(インドネシアの銀貨はいらないかい?)と尋ねてきた。見せてもらったら、私が収集のメイン…

値段交渉術

ジャカルタコインコレクターの「聖地」であるパサールバルの露天商からコインを購入する話は先日した。当然コインには定価などないので、値段は露天商の親父とのやり取りで決まる。いわゆる「値段交渉」だ。だけど、相手も百戦錬磨の策士、そう簡単に値引き…

聖地

ジャカルタ在住のコインコレクターにとって収集の中心となる場所は、パサールバルである。パサールはインドネシア語で「市場」、バルは「新しい」という意味なので、いわゆる「新市場」。 南北に延びる500メートルほどの、ジャカルタにしては珍しく小奇麗…

歴史的背景

前回のブログで、最初に手に入れたコインが、1865年発行のオランダのウィレム3世の2.5グルデン銀貨だということを書いた。日本でオランダのアンティークコインがどれだけ簡単に入手できるのか知らないが、ここジャカルタでは、比較的に容易に入手できる。 …

出会い

ジャカルタで最初に購入したコインは、オランダのウィレム3世2.5グルデン 銀貨である。 今から3年ほど前、たまたま通りかかった貨幣商から日本円にして約2500円で購入した。当時はオランダのコインに関する知識は全くなく、ただ1865年発行のコイン…

アンティークコイン

インドネシア ジャカルタ在住のガルーダ戦士です。 昨今、日本では投資としてのアンティークコイン収集に注目が集まっているみたいですね。その是非はともかく、私は純粋に、私が住んでいるインドネシアで入手可能のアンティークコインの収集(とりわけ銀貨…